「おまえらガキの裸でオレが興奮するわけないだろ!かんちがいするなっっ」
日本の教育現場における部活動の熱心さは、確かに素晴らしい側面がある。オリンピックでのメダル獲得にも大きく寄与し、日本をスポーツ大国へと押し上げてきた原動力の一つとなっているだろう。
しかし、その負の側面として、特にスポーツ強豪校では深刻な構造的問題が指摘されている。
参考:監督室に呼びベッドで「一緒に寝ないのか」 判決「絶対的立場利用」:朝日新聞
指導者は推薦権やレギュラー指名権を握り、生徒の進路に強い影響力を持つ。そのため、指導者と生徒の関係は本質的に対等ではあり得ず、明確な権力勾配が生まれる。この問題は、スポーツ推薦などで選抜された生徒の間で特に顕著だ。絶対的な立場にある指導者による、常識では考えられないような暴力的な言動を伴う指導が常態化しやすい環境にある。
そこでは、指導者により従順で、どんな命令にも従う生徒ほど可愛がられ、優遇される。一方で、逆らう生徒は冷遇され、排除されるという、異常なパワーバランスが形成される。このような閉鎖的な空間では、先輩に倣って「指導者に気に入られる行動を取ること」が正義とされていく。周囲が同じ立場の生徒ばかりであるため、疑問を持つこと自体が難しくなる。「強くなるためには必要」「実績のある監督の言うことだから間違いない」と、無批判に受け入れられるようになる。
真面目な性格でスポーツ一筋という生徒が集まる空間であればあるほど、この空気は醸成されていく。
親や周囲の教師からも「実績」によって信頼されている指導者は、外部からその指導方法が批判の目で検証される機会もほとんどない。そうした環境の中では、指導者からのセクハラ行為についても「疑問を持つことなく受け入れることが正しい」という洗脳に近い歪んだ認知が、生徒たちの間に育っていく場合があるのだ。
集団に帰属しているうちは、その異常さに気づきにくい。まさに、カルト宗教が信者から教団以外の人間関係を断ち切り、洗脳を進める構造と本質的に同じである。
長々と書き連ねましたが、今回の記事で紹介するのはももち麗子先生の漫画「なみだ」です。
女子高に巣くうセクハラ教師との闘いを描いた傑作で、部活に打ち込む学生集団とその指導者の、人間関係の力学が精緻に描かれており、セクハラ教師の破廉恥な振る舞いは如何にして日常に溶け込み、そして集団に帰属しているうちは、その異常さに気づきにくいのか。スクールセクハラを題材とし日本の部活動指導現場に蔓延る構造的な問題を提起する。
セクハラの一例
・度重なる下ネタ発言や極端なスキンシップ
・フォーム確認と称してにスカートめくり、尻触る
・生徒が着替え中の更衣室に堂々と立ち入る
・生徒を個室に呼び出しリフレ嬢扱いしてマッサージさせる
・合宿で風呂場に呼び出し背中を流させる
・怪我の確認を口実に裸になることを強要

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